2023年4号「技能と技術」誌 314号
32/42

る能力を到達目標として設定する場合,工学的アプローチでは学習後にどのような行動をとれるようになるかという行動目標として記述することになります。羅生門アプローチでは受講者全員が到達すべき行動目標ではなく,学習の方向性のような一般的な目標を示すことになります。行動目標は例えば「生産工程の効率を計算できる」,一般的な目標は「生産工程の管理に必要な能力を習得する」というような表現が見られます。教科書の各項目を順に説明する,あるいは機器の使い方を習得させるために操作方法のひとつ一つを順に説明・練習するような計画の訓練(以下「訓練事例1」)が工学的アプローチとして想像しやすいでしょう。他方,各種の機器の操作方法を習得した後に製品作りのような応用的,体験的,実践的な課題にグループで取り組むような訓練で,特定の到達目標を設定するのではなく,各受講者がそれぞれの役割の中でなにかを習得するように計画した訓練(以下「訓練事例2」)が羅生門アプローチとして想像しやすいかもしれません。2.2  工学的アプローチ・羅生門アプローチの 技術基盤としてのインストラクショナル デザイン・経験学習それぞれのアプローチでの授業を計画する技術として,工学的アプローチにはインストラクショナルデザイン,羅生門アプローチには経験学習という技術が存在します。インストラクショナルデザインは,授業の目的に応じてその教育・訓練で習得すべき能力を明確に定め,能力資質分析や目標分析,作業分解などの手法で能力の構造を明らかにして合理的な学習順序や学習方法を設計することで,定めた能力の習得を担保しようとする技術です。経験学習は学習者が経験の中から法則を見いだし,言語化し別の経験に適用することで法則の確かさを確認することで法則を習得させようとする技術です。-30-2.3  工学的アプローチ・ 羅生門アプローチそれぞれに対する批判それぞれの立場は,どちらが正しい,誤っているということではなく,それぞれの教育・訓練の目的や達成すべき条件に応じて扱う必要があります。それぞれの立場に対しては次のような利点,欠点が指摘されています。工学的アプローチ・系統主義に基づく教育・訓練では学習対象の学問・技術の体系を学習しやすいが,その体系に示されているものしか学習できない。体系を現実に適用するときに必要となる具体的な能力は学習できない。例えば統計学を学習しても現実の生産ラインでの品質管理に必要な能力を習得できるとは限らないという指摘です。羅生門アプローチ・経験主義に対しては,実際の経験に応じて実践的なことを学習できる反面,学習者によって学習内容が異なり,学問・技術の体系的な学習ができない。例えば先に示した事例2のような訓練で,ある人はチームワークを,ある人はプロジェクトマネジメントを学習できるかもしれないが,学習できないかもしれない。また,同じ学習場面でチームワークを学習したとしても異なるチームワークの手法を学習するかもしれないという指摘です。2.4  工学的アプローチ・ 羅生門アプローチを取り持つ構成主義工学的アプローチ・系統主義,羅生門アプローチ・経験主義は対極をなす考え方です。しかし,両者を取り持つ考え方として構成主義があると考えています。構成主義は,ある概念は結びつく状況によってその意味や役割が変わるという考え方です。例えば統計の基本である平均はおおむね正規分布を示すと考えられる対象物(例えば身長)と,非正規な分布を示す対象物(例えば個人の貯蓄額や所得)とでは,計算方法は同じですがデータ群を表す意味や取り扱いが異なります。単に平均の計算方法が各データの合計をデータの数で除すことで求められると指導するのではなく,身長の平均,年収の平均あるいは企

元のページ  ../index.html#32

このブックを見る